2021.01.31
月刊コマ送り21「ルシアン」
夢の中で書いたらしい原稿を、念のため探してみたけれど当然どこにも保存されていなかった。せめて何を書いたかだけでも思い出せればと、この2日間ふとしたときに思いを巡らせてみてもどうにもならない。おそらく思い出せるほどたいしたことも書いていなかったに違いない。
大学時代、すぐ近くの喫茶店にルシアンというメニューがあった。
『転々』という映画に出てくる「愛玉子(オーギョーチィ)」の斜向かいにある「カヤバ珈琲」という古民家カフェで、客もバイトも芸大生だった(のかは知らないけどそういうイメージが強かった)。なにせ最寄りのコンビニより近かった。もちろん常連さんらしき人の姿もよく目にしたように思う。ただあまりに記憶がなさすぎて、自分がその空間に存在していたのかどうかすら少し自信がない。たしか創業自体は昭和初期くらいで、一旦閉店したもののいろいろあって再建されたんだと聞いたことがある。
ルシアンはその喫茶店のオリジナルメニューだ。とはいえ他にも魅力的なメニューはたくさんあって、在学中は片手で数えるほどしか注文したことはなかった。
私は記憶の新陳代謝が激しいので、学生時代のことなんかほとんど覚えていないのだが、ついこのあいだの寒い夜、ひさしぶりにココアが飲みたくなった。それでふと思い出した。あのコーヒーとココアを混ぜたような飲みものなんだったっけ。
ありがたいことに私のまわりには社交的かつ記憶力が良い友人がたくさんいる。なんで私の友人をしてくれているのかいつも不思議に思うが、社交的というのはそういうことかと勝手に納得していたりする。
そんな友人のおかげで疑問はすぐに解消した。それが「ルシアン」だ。ちなみに作り方はコーヒーとココアを1対1で合わせるだけ。そうかなるほど、と思ってさっそく自宅にあるインスタントコーヒーとココアを混ぜてお湯を注いだ。
なんともいえない、これじゃない感。
そういえば、ブラック・ルシアンというカクテルがある。コーヒーリキュールとウォッカ。割合は知らない。クリームをのせたらホワイト・ルシアンになる。今度どこかのお店でつくってもらおう。コーヒーリキュールって甘いんだっけ。
きっとおいしいコーヒーを淹れて、おいしいココアと混ぜ合わせれば、あのとき飲んだあの味になるんだろうな、なんてことを思いながら、最近は寒い夜がくるたびにいそいそと、インスタントコーヒーとココアを混ぜている。