2025.11.25
観劇せん?・・・企画制作の仁田野麻美さんと橋本理沙さんに聞く、「キビるフェス」とは?

2025年12月~2026年1月にかけて、福岡市で「キビるフェス2026」が開催されます。
「キビるフェス」とは、福岡市内の音楽・演劇練習場を会場に、つくり手や観客、舞台芸術に関わるすべての人へ向けて開催する、2017年に始まったお祭りです。
このフェスで上演されるのは、いわゆる「小劇場演劇」。小劇場演劇というのは、例えば博多座やキャナルシティ劇場のような大きな劇場で上演される「商業演劇」とはまた違う演劇のジャンルです。ただこの「小劇場演劇」、ハッキリと定義づけるのは難しく、わたくし中川もうまく説明できません。劇場が小さければそれということでもないし、劇団がやっていればそれということでもなく……なので、是非「キビるフェス」で小劇場演劇を体感してほしいと思うのです。
彩り豊かなラインナップは毎年の楽しみで、今回は、東北の風土・歴史を下敷きに特異なスタイルで作品を生み出し続けている「MICHInoX」(仙台)、生きていく中で出会うビビットな瞬間を小さなシーンへと立ち上げるクリエイションを行う「バストリオ」(東京)、黒澤世莉が傑作戯曲を演出する「Level19プロデュース」(東京)、“演劇をあそぶ”をコンセプトに熊本・福岡で20年以上演劇を続ける50代女性ふたりからなるユニット「0の地点」(福岡)、“現代悲劇の創作”を目指し福岡を拠点として幅広く活動を行う「Mr.daydreamer」(福岡)の5つの演劇プログラムに、昨年に続き福岡が拠点のダンサー達が主体となって開催するダンスのフェスティバル「福岡ダンスエクスチェンジ」を加えた6つのプログラムが上演されます。
その「キビるフェス」について、企画制作として立ち上げから携わるアートマネジメントセンター福岡の仁田野麻美さんと、今回から本格的に携わる同じくアートマネジメントセンター福岡の橋本理沙さんに、この企画の成り立ちや、福岡演劇界においてどんな存在になりたいかなど、お話をうかがいました。

▲左から、仁田野麻美さん、橋本理沙さん
◆演劇とお客さん、相乗効果で盛り上がっていきたい
――まずは、立ち上げから携わる仁田野さんにうかがいたいのですが、「キビるフェス」とはどんなふうに生まれた企画なのでしょうか?
仁田野 もともと2006年から2015年まで、福岡市では「福岡演劇フェスティバル」という演劇祭が開催されていました。それは西鉄ホールやイムズホールという民間のホールや福岡市文化芸術振興財団などが一緒になってやっていたものだったのですが、いろんな事情で2015年で終了したんですね。その時に、福岡のこの都市規模で演劇が見られなくなっていくことに危機感というか、それじゃいけないんじゃないかという思いがあったので、福岡演劇フェスティバルの事務局を請け負っていた「アートマネジメントセンター福岡(以下、AMCF)」が、自分たちでなにかできないかとスタートしたのが始まりです。2017年に始まって、今回でやっと10年目を迎えることができました。
――どうして「練習場」でまとまったのですか?
仁田野 最初に、AMCFが管理運営に携わっている ぽんプラザホール(福岡市祇園音楽・演劇練習場)でやりましょうということになって、じゃあどこか一緒にやれるところはないかというところから、ぽんプラザと同じ「練習場」であるパピオビールーム(福岡市千代音楽・演劇練習場)さんにお声がけしてみたら、OKをいただいて。「だったら福岡市の4練習場全部で、福岡市公認のもとやりましょう」というふうに動いていきました。
――「練習場繋がり」というのがおもしろいなと思います。
仁田野 今もそうなんですけど、福岡って「小劇場」がほとんどないんですよね。民間の劇場でも甘棠館Show劇場や湾岸劇場博多扇貝くらい。公的なホールで100席というとぽんプラザホールしかない。最近は、劇場以外でやるという選択肢も増えてきているんですけど、当時はまだ「劇場がない」という印象が強かった。だから「練習場でもできる」みたいな提案要素も今となってはあったなと思います。
――「工夫すればここでもできるよ」と。
仁田野 そうですね。もともとAMCFは若手演劇人支援などを目的にしている法人なので、そのAMCFがやるフェスティバルとしてもそういうところからスタートしました。
――そこからスタートして、今はどんな意義が生まれていますか?
仁田野 現状、福岡市は「ひとつ大きな劇場があって、そこで演劇が潤沢にできる」という環境ではないと思うんです。だから今は、福岡以外の地域の団体(劇団など)が福岡で公演をしたいという時に受け皿になり得る場所を提供できる、という意義もあると思います。
――小劇場演劇ができる場所がないんですよね。
仁田野 商業演劇は博多座やキャナルシティ劇場があるんですけどね。小劇場の受け皿は少ない。だからこのキビるフェスがその受け皿のひとつになれたらいいなというのはあります。そしてもうひとつのキビるフェスの特徴は「交流」です。これはかなり大事にしています。演劇の団体だけでなく、福岡の演劇に携わる人たちにとっての交流の場になるように。この規模だからこそできることなんじゃないかな。
橋本 「キビる」は博多弁で「結ぶ」という意味なんですけど、“キビる”ことを一番大きな目的だと意識しているところはあります。それは団体同士の繋がりもそうだし、福岡で活動している方との繋がりもそうだし、さらに自分と団体というのもそうでした。来てくださるみなさんに福岡のことを好きになってもらいたいし、福岡の人たちにもみなさんのことを好きになってもらいたい。それをどういうカタチで伝えていくか。キビるフェスというものは「こっちで全部やります」ではなく、各団体にまずちょっとがんばっていただかないといけないところがあるので、余計に「キビるフェスとしての一体感」を持って進めていきたいです。その「一体感」「繋がり」の部分は常に忘れられないように進めようとしています。
――「各団体にまずちょっとがんばっていただく」というのは?
仁田野 招聘の費用をこちらがドーンと出せるような予算がないので、団体による主催公演の制作費の一部を私たちが負担したり、広報協力をしたり、現地制作の役割を果たします、というお約束のもと来ていただいています。だからまずは団体自身に助成金などで資金を担保して来てもらわないといけないんです。
――そこを各団体に伝えたうえで参加を決めてもらうということですか?
仁田野 はい。だから負担もあるだろうし、無理して来てくれるんだろうなと思うんですよ。それでも来ようと思ってくれている団体に、誠意は伝わるように動きたい。「勝手にチケットを売ってもらって、何人入るか知らない状態で当日を迎えます」みたいなことは絶対になくて、自分たちの公演だと思ってやるっていうか。そうなると自然とこまめなやり取りが発生しますし。
橋本 基本、常に頭の中にはいつもキビるのことがあります。「昨日はあの団体のこういうことを発信したから、今日はこの団体の情報を」みたいなバランスも考えながら発信してみたり。
仁田野 やっぱり最後は、ちゃんとお客さんが入って、「福岡で上演できてよかったな」と思ってもらえるかどうかなんですけどね。それが一番。
――いま痛感しているのが、演劇のお客さんの少なさです。
仁田野 極端に人が来なくなっていますよね。
――コロナを境になんでしょうか?
仁田野 コロナを境にではあるけど、コロナだけが原因じゃないと思います。「この時期はキビるがあるから自分が観たい作品があるかも」と思ってくれている人もちゃんといるとは思うんですけど、そんなふうに思うほど生活の中に演劇があるっていう人は極端に減っている気がする。
橋本 コロナで間があいたお客さんもいると思うんですけど、そういう方は来るきっかけさえあればきっと「こういう楽しみがあった」と思い出してくれるんじゃないかと思っていて。だからそこに届くものもやっていきたいです。一気にお客さんを増やすのは難しくても、1人でも2人でも響くものがあって、それが広がっていくっていうことはできるんじゃないかな。小さくても変えていけるようなことができたら幸せですよね。
――そのきっかけになる場が定期的にある、ということも重要だと感じています。
仁田野 いや、でもね、場はつくれるんですよ。そこに熱みたいなものがないとと思います。福岡演劇界の熱というか。以前は福岡全体で演劇が盛り上がっていたと思うんです。イムズホールも西鉄ホールも勢いがあって、そこに外からいろんな団体が来ていたし、福岡の団体も、私は「こんな団体が福岡でやってるんだ!」と衝撃を受けてきました。
橋本 確かに元気があったと思う。
――どうしてそこが変化したんでしょうか。
仁田野 いろんな要因があると思うけど、みんなこの環境に失望もしてきたんだと思います。劇場ができると聞いて、行政のヒアリングをたくさん受けて、結局「あれなんだったんだろう」みたいなことも経験していますし。
――ああ、その声はたくさん聞きました。
仁田野 キビるも10年やって、正直もうちょっとなにかしら成果があがると思っていました。「アレがコレに繋がった」みたいなちょっとしたことでもいいんですけどね。一番は「観客の数がこんなに増えた」ってなってほしかったけど。
――観客を増やすにはお客さんを育てないといけないと思うのですが、お客さんを育てるというのは個々のがんばりだけではなかなか難しいことだと感じています。
仁田野 例えば北九州芸術劇場みたいに、自分たちで企画を続けてお客さんを育てていくようなことが福岡市でもあれば、観客は育つと思うんですけどね。いまの福岡市って博多座とかキャナルシティ劇場といった商業演劇のお客さんだけが育ってますよね。
――相乗効果でお客さんを増やしているんじゃないかと思います。さらにその2劇場と北九州芸術劇場のお客さんもうまく繋がっています。
仁田野 そこに久留米シティプラザも加わってね。その客層はやっぱりちゃんと育ってる。実際、博多座がいまの運営スタイルになる前は満席になっていなかったような、キャナルシティ劇場など大規模ホールでの公演が満席になっていますし。つまりお客さんが増えているんだと思う。大きいんです、博多座の影響は。そこにいるお客さんがこっちにも目向けてくれたらいいなと思います。そして小劇場文化が地元・福岡に根付いてほしい。それには演劇とお客さん、相乗効果で盛り上がっていかないと。
――まずは小劇場のおもしろさを知ってもらわないといけないですよね。その入口にキビるフェスはもってこいじゃないですか?
橋本 キビるフェスで福岡に初上陸する団体は、もし個別の公演として来ていたら「どんな感じだろう?」と躊躇するお客さんもいるんじゃないかなと思います。キビるフェスはそこで、「このフェスに参加するような作品なら観てみようかな」と思ってもらえる存在になれたらいいなと思っています。主催に「福岡市」が入っているのも意味があって、だから届く層がいると思う。
――たしかにそういう安心感ってありますね。
橋本 そこはありがたいです。私自身も、演劇と離れてる時期が7、8年あったんですけど、その時期に、それでも観たり参加したりしたものが、いま思えばキビるの公演だったりワークショップだったりしました。観に行かずとも「キビるフェスがある」という情報は入ってきていた。ここにもひとつ意味があると思っています。
◆小劇場は面白い。それをいろんな人に知ってもらいたい
――これからの「キビるフェス」についてはどう考えていますか?
橋本 10年続けてきたいま、過去に一緒にやった方々との繋がりをもう一度繋ぐ、みたいなことも取り入れていけたらなと思っています。
仁田野 多分一回来てもらってというだけじゃ、「なにか持って帰った」みたいなことになりづらいと思うんですよね。だからご縁をちゃんと大事にしたい。そしてとにかくお客さんが観に来てくれるように。
――このフェスが続くためにも。
仁田野 今や福岡の演劇シーンが大きく変わってしまって、ぽんプラザホールだって「地元の演劇の人が毎週毎週なにかやってる場」じゃなくなりつつあります。それは誰のせいでもないと思うんですけど、やっぱり「続けたい」という気持ちは私たちにもあるので。これが続くようにね、みんなが観に来てくれればなと思います。
――そうですよね。シビアな話、お客さんが観に行けば続くし、観に行かないと続かない。
橋本 はい。
仁田野 「こういうのがあってよかった」と思ってくれる人がいないと、なくなっちゃうんですよね。だから一回観に来てくれたらいいな。福岡の人に観に来てほしいです。
――福岡市唯一の演劇フェスですもんね。
橋本 そうなんです。だからやっぱり改めて、これを仁田野さんが10年間一人で回してたってことがすごいなと思うんですよ。
仁田野 でも多分それも成果を上げられていない要因のひとつだったと思っています。一人だと広報も行き届かないし、もうちょっとこうできるんだけどと思いながらもできないまま終わったりしてきたので。それに誰とも話せないっていう状況もね、良くなかったと思う。いまは橋本さんがいてくれてありがたいし、だいぶがんばってもらっています。
――最後に聞いてみたいのですが、どうして小劇場文化はあったほうがいいと思いますか?
仁田野 やっぱり「表現に触れる」って小劇場ならではだと思う。そういう体験ができる確率は小劇場だと格段に上がる。それなんじゃないかな。
橋本 私は20代くらいまで劇団四季ぐらいしか観たことがなかったんです。でもある企画に関わって、公演を見せてもらった時にすごい衝撃を受けました。「こんなに面白い世界があったんだ」って。それで、「こんなに面白い世界があるんだったら、私はこの世界に関わっていきたい」と思ったのが最初だったんですね。だからそういう小劇場の世界を、世の中の全ての人が面白いと思わなくてもいいんだけど、「選択肢」として知ったほうがいいなと思うんです。私は知るのが遅かったから。いつでも知れるような世の中になってもらいたいし、その面白さみたいなものを伝えられる場にいたいなっていうのがすごくあります。小劇場は面白い。それをいろんな人に知ってもらえたらと思います。
(取材・文・撮影 中川實穗)
『キビるフェス2026』

【期間】2025年12月12日(金)~2026年1月25日(日)
【会場】福岡市内練習場4会場
・ぽんプラザホール(福岡市博多区祇園町8-3)
・パピオビールーム 大練習室(福岡市博多区千代1-15-30)
・なみきスクエア 大練習室(福岡市東区千早4-21-45)
・塩原音楽・演劇練習場 大練習室(福岡市南区塩原2-8-2)
【参加公演】
『福岡ダンスエクスチェンジ2025 』
0の地点『西のまるい魔女』
Level19プロデュース『証明』
MICHInoX『熾掻〜トロイアの男たち1868〜』
Mr.daydreamer『ハムレットマシーン』
バストリオ+松本一哉『黒と白と幽霊たち』
【チケット】
全6団体の公演を観劇できるキビるフェス共通チケット 13,000円 ※限定20枚
各団体チケット・共通チケットはコチラから▶https://kibirufes-fuk.localinfo.jp/posts/57851426
【公式サイト】https://kibirufes-fuk.localinfo.jp/
【問合せ】アートマネージメントセンター福岡(fukuokakibiru@gmail.com)