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2021.06.30

月刊コマ送り26「ママチャリと白ネギ」

 

 

1年の半分くらいは自転車で通勤している。

 

入社当初、会社の先輩がちょうど自転車を買い換えるというので、それまで使っていた黄色い折りたたみ自転車を譲ってもらった。その黄色い自転車で会社と自宅を往復し、西新に買い物に繰り出し、天神に遊びに行き、なぜか仕事終わりに箱崎ふ頭にある佐川急便の営業所まで荷物を受け取りに行ったこともあった。ハンドルにつけていた百均のライトが段差でガタついた衝撃で勝手に消灯し、その瞬間をちょうど小さなパトカーで見まわり中の警察官に見つかり、不本意ながら注意を受けたことも今これを書きながら思い出した。

 

ちょうど国際会議場の前くらいで「こんな時間にどこまで行くの?」と尋ねられ「佐川の営業所に…」と答えると笑われた。小さなパトカーとはそこでわかれたが、しばらくして涼しい夜風のなか汗だくで坂道をのぼっていると、私のすぐ横をゆっくりゆっくりと走る車があった。しばらく追い抜かれることもないので、何なんだよと思い睨みながら振り返ると、さっきの2人組の警察官が「あ!やっぱりさっきの!」「暗いから気をつけてね〜」「がんばってね〜」とニコニコ手を振って走り去っていった。

 

どこに行くにも一緒だった思い出の黄色い自転車は、ある日突然いなくなった。もしかしたら自分が思わぬところに停めて忘れて帰っただけでは、と思いつく限りの場所は探したが見つからなかった。

 

会社の先輩に譲ってもらった黄色い自転車。いただきものではあるので報告せねばだろうと、自転車がなくなった旨を伝えたとき、おそらくとても落ち込んで見えたのだろう。その次の誕生日に、会社のみんなが新しい自転車をプレゼントしてくれた。ミルキーアイボリーのママチャリで、今も愛用している。最近ペダルを漕ぐときゅるきゅるいうので、そろそろ油をささねばなるまいと思っている。

 

その自転車を、先日まで主にバス通勤をしていたときはしばらく会社の駐輪場に置かせてもらっていた。ときどき会社の人のちょっとした足にもなっていた。

 

最近はまた自転車通勤に戻ってきているが、先日、自転車で信号待ちをしていたときにふと気づいた。足がつかない。ギリギリつま先がつくけれど、気づくとヤジロベエのようにゆらゆらバランスをとっている。ずっとなにか違和感があるなとは思っていたが、まさか地に足がついていなかったとは。普段あんまり違和感の原因を考えようとしないので、大体なんでも気づくのが遅れる。誰だ、サドルをあげて戻してないのは。

 

仕方ないのでヤジロベエをしながら、会社帰り、なかなか変わらない信号をぼーっと待っていた。夕方でそれなりに交通量も多い。道のむこうを歩いている人のトートバッグから白ネギが覗いていた。

 

連想ゲームのように自分の夕食に思いを馳せていたが、ふともう一度目をむけると、角を曲がろうとしているその人のトートバッグから白ネギが消えている。はて、と視線をずらすと、歩道の真ん中にちょんっと寝転ぶ白ネギがいた。トートバッグの人は白ネギがいなくなったことに全く気づかないまま、今にも角を曲がって見えなくなってしまいそうになっている。信号はまだ赤。ただ歩道に寝転ぶ白ネギと角を曲がるトートバッグに交互に目をやりながら、私は焦った。だって白ネギだ。このままだとトートバッグの人の今夜の食卓から白ネギが姿を消してしまうのだ。

 

信号はなかなか変わらない。今この信号が青になったら全速力で白ネギを拾ってトートバッグの人を追いかけよう。でも今この時間にすでに見失ってしまいそうだ。どうしよう。勝手に白ネギパニックに陥る私と、全く道を渡らせようとしない信号機。その間をさっそうと走り抜けたピザ屋のバイクが、突然速度を落とした。

 

トートバッグの人に声をかけるピザ屋。驚いた顔で振り向くトートバッグの人の目線が、歩道の中央に転がる白ネギを捉えたのがわかった。

 

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