2020.10.30
月刊コマ送り18「夜散歩」
新しい家で暮らしはじめて、以前よりも頻繁に散歩に出かけるようになった。
近くに川があり、そのすぐそばの遊歩道には人間と適度な距離感を保つ猫たちがいる。散歩にいくのは夜遅い時間が多い。ベンチが間隔をあけていくつか並んでいて、座っておしゃべりを楽しむ人たちもいれば寝袋にくるまっている人もいる。
夜の10時くらいにいくと、スマホを見ながらハモニカの練習をしているおじさんもいる。先日ちょっと話しかけてみたら不審者を見るような目で見られてしまったのだが、どちらかといえば不審なのはあちらだ。
そんな夜散歩帰り、横断歩道で信号待ちをしていると、すぐ後ろに人の気配がした。
時刻は0時をまわったくらい。背後に人がいるとそわそわしてしまうので、できれば追い抜いてもらいたい。しかし信号が青に変わり、こちらがどれだけゆっくり歩いても追い抜いてくれる気配がない。横断歩道を渡り終えても、ずっと同じくらいの速度で左後ろにいる。そしておそらく、かなり距離が近い。
横断歩道は夜でも車通りのある広い道にあるが、住宅街のほうへ入る細い道は一気に薄暗くなる。願わくはその通りに入る前に道を分かちたかったが、やはりまだ斜め後ろに、その存在を感じた。
いやもしかすると私のビビリ精神が存在しない斜め後ろの気配をつくりだしているのではと、そっと視線を左へ投げる。そこにいたのは小柄な年配の女性だった。胸のあたりに大切そうに何かを抱えている。両腕におさまるくらいの小さな箱のようだった。
視線を送ったことに気づかれないよう、ゆっくりまばたきをしながら目線を戻す。追い抜いてくれないのであれば、せめて距離をあけようと歩く速度をあげる。それでも小さなおばあさんは近すぎる距離をキープしたまま、なおも後ろを歩いている。
そういえばこのおばあさんは、いつから私の後ろにいたのだろう。
信号待ちがはじまりだと思っていたが、あまりにもぼんやり歩いていたのではっきりと覚えていない。あの坂道は、あの三叉路は、橋の上は、遊歩道は、本当にひとりで歩いていたのだろうか。
左腕のあたりがぞわぞわっと波打った。
おばあさんはどこから来てどこに帰るのか。大切そうに抱えている箱には一体なにが入っているのか。月を覆い隠している雲がするすると流れ、うっすらと寡黙な姿が現れる。
突然、箱がガサガサっと音を立てた。
飛び上がりそうになるのを堪え、車通りがないのを確認し、急いで道路を横切った。
振り返ると、向かいの歩道でおばあさんが小さなダンボール箱を抱えたまま、中身をごそごそと探っていた。