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2020.08.20

月刊コマ送り16「夏」

 

風通しの悪い部屋で、手のひらサイズの扇風機のブーンという音を聞きながら、昔ほど夏を楽しめなくなっていることに気づいた。

 

いろいろなところに連れて行ってくれる両親だったから、夏山登山も海水浴も花火もプールもキャンプも、思い返せば思い返すほど楽しくはしゃぎまわっていた記憶が蘇ってくるにもかかわらず。

 

近頃はこの暑さをどうやり過ごそうか、そればかりを考えている。部屋のエアコンが壊れてからはなおさらだ。

 

ほとんど風の入らない窓をこれでもかと全開にして、そよともしないレースのカーテン越しに、裏のアパートに干してある洗濯物が揺れるのを眺めているうちに休日が終わる。

 

密集したアパートのどこかの壁に腰を据えたセミたちが、ほんの僅かしか見えない空から降ってくるかのように一斉に鳴いていた。

 

 

セミの声を聞くと、暑さが増す気がしてならない。狂ったような暑さの中で狂ったように鳴くセミの声を聞きながら自分もこのまま狂っていくのだろうかと思う。

 

そうかと思えば近所の古い一軒家で風に煽られ揺れる風鈴は、同じく狂った鳴ろうがどことなく涼を感じる。どうしてだろうと調べてみたことがあるのだが、風鈴の音が聞こえることで風が吹いたと錯覚し体感温度が下がるために涼しさを感じるらしい。つまり気のせいだ。セミの声で暑さが増すのも、気のせい。

 

 

そういえば、セミ本体もセミの抜け殻も、いつのまにか触れなくなった。

 

木に登っては無意味にセミを乱獲していた幼き日々を思い出す。当時のセミにはさぞ恨まれていたことだろう。だからだろうか。

 

 

最初の記憶はおそらく中学生の頃。体育の授業でグラウンドに整列していた。列の一番前に立っていた私は、先生の声を半分くらい聞きながらまあまあぼんやりしていた。ぼんやりしていたから、気づくのが遅れた。

正面から何かが猛スピードで一直線にこちらにむかってくる。

 

 

セミはその羽に対して身体が大きく、飛行中の方向転換があまり得意ではないそうだ。あまり長時間飛び続けることもできない。体力がなくなって落下してしまった場合、ほとんどはセミファイナル状態、仰向けに地面に転がることになり、自力で起き上がることもできずそのまま死を待つしかない。だから落下する前に次の目的地にたどり着かなくてはならない。最速で。最短距離で。

 

 

そしてその結果、セミと人との衝突事故は割とカジュアルに起こることになる。ご想像にお任せするほかないが、かなり痛い。

 

 

この日を境に、セミとの衝突事故が夏の恒例行事になってしまった。

 

今年はアパートの階段を下りているときに後ろから耳元をかすめていった。まだ羽音が耳の奥に残っている。

 

 

心底こわかったのは大学生の頃、深夜の映画番組を観ていたら朝がきて、そのまま眠れず始発で大学に向かっていた。早朝の住宅地を大あくびをしながら駅にむかう道のりで、その夏も敵は正面からやってきた。とっさに変な声をもらしながらしゃがみ込む私の頭をかすめ、その勢いのまま後方へ飛んでいく。ほっと息をついたのも束の間、後ろで妙な音がした。振り返ると、なんと後方にまっすぐ飛んでいったセミはそのまま直線上にあった電柱にぶつかり、何を思ったかまた猛スピードで来た道を引き返してきている。そして寝不足の私も何を思ったのか、いや、ただ飛んでくるセミから逃げたい一心で、走った。まっすぐに。

 

夏、早朝の住宅地で、狂ったように飛ぶセミと、そのセミから走って逃げる大学生。阿呆でしかないが必死だった、過去の自分を責めたくはない。

 

 

そういえば、その夏はもうひとつ怖い思いをした。

 

当時は千葉でひとり暮らしをしていて、夏休みも帰省せず大学とアパートを行き来して過ごしていた。

 

その日は風邪をひいたのだったか、急に熱が出て朝からずっとアパートでひとりで寝ていた。寝て、起きて、ちょっと食べて、薬をのんで、寝て、起きて。少しだけ窓を開けて、そよ風のやわらかさを楽しんでいるうちに、いつのまにかまたうとうとしていた。

 

 

あ、金縛りだな、と思った。

 

金縛りは初めてではないし、金縛りにあったときに頭のまわりで聞こえる耳鳴りのような話し声のような音も、知らないものではなかった。ただ、単純に怖いので、いつも絶対に目は開けないようにしていた。

 

 

グッと右腕を引っ張られる感覚があった。窓に近いほうの腕だった。

「いっしょにかえろう」と、小さな男の子の声がする。

目を開けてはいけないなと思った。

 

 

しばらくすると身体が軽くなり、動けるようになった。

いつのまにか熱も下がっていた。

母から「風邪ひいとらんね?」とメールがきている。

さすが母、よくわかったね、でももう治った、と返事をしようとしたとき、その日がお盆の最終日だったことに気がついた。

 

 

Author:こまき