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雑多にまとめる語り場

2020.05.19

月刊コマ送り13「朝」

 

大学生の頃、登下校中によくイヤホンをつけていた。
元々知らない人に話しかけられやすいらしく、さらに通学路の山手線や常磐線、上野公園にはあらゆる人間がいた。観光客に道を尋ねられることもあれば、公園に住んでいるであろう謎のおじさんがいつのまにかブツブツ話しながら隣を歩いていたりもした。

実際に音楽を聴いていたこともあったが、ほとんどは無音だった。つまり話しかけられ防止のイヤホンだった。イヤホンから流れてくる音がなくても、世の中はいろんな音であふれていた。

 

私の部屋は、小さなアパートやマンションが密集しているところにある。
ベランダに出るとすぐ裏のマンションのベランダがある。さすがに手が届くほど近いわけではないけど、助走つければ跳び移れるんじゃなかろうかと思っている。

だから、窓を開けていたらいろんな物音が聞こえてくるし、窓を閉めていても聞こえてくる音もある。

 

例えば、裏のマンションの1階の住人はベランダで煙草を吸う。そのときにしているスマホゲームの効果音。1年くらい同じ音を聞いている気がするので、なんのゲームかすこし気になってきている。

ほぼ毎日、深夜にひたすら爆笑する男性の声も聞こえていた。ひとりぶんの笑い声なので、電話かなにかをしていたんだと信じたい。

外出自粛期間になってからは、いろんな部屋から頻繁に電話の声が聞こえるようになった。窓を開けてスピーカーモードで話していると近隣に会話が筒抜けなので、聞くつもりはないのに耳に入るその会話に震えながら自分は気をつけようと思った。

隣の部屋からはテレビの音や、歌声が聞こえてくる。どのくらいの音量で歌えば聞こえるのかはわからないが、私の鼻歌も聞こえているならすこし恥ずかしい。

下の部屋は大体1年ごとに住人が変わる。一番最近住んでいた人は、3月に引っ越しで家具を運び出している姿を見たのが最初で最後だった。

 

この部屋で暮らすようになって一番記憶に残っている音は、たしか2年くらい前で、日曜日の朝だった。

その時期、下の階にはおそらく学生さんが住んでいた。男性で、深夜に帰宅してジャスティンビーバーを熱唱したりしていた。

 

その日、私は窓際のベッドで寝ていて、たぶん暑くて少しだけ窓を開けていた。日曜日の朝、意地でも昼まで起きるもんかと布団にしがみついて、寝たり起きたりを繰り返していたと思う。

下の階の玄関ドアが勢いよく開く音がして、その勢いにアパートが少し揺れた。

 

明るく元気いっぱいな「おはよー!」の声が部屋中に響き渡る。

「もう!まだ寝てるの!」という声とともに聞こえてくる、シャッと軽やかなカーテンの音。

なんて爽やかなんだ。アニメかよ。と半分は眠りながらなんとなしに耳を傾ける。窓を開ける音がした。

「ほら、起きて!こんなにいいお天気だよ!」

 

そのいかにも天気の良い日曜日の朝の音に、布団にしがみつきつつも、うっすら目を開けて、手を伸ばし、カーテンを少しだけ開けてみた。日当たりの悪い部屋にも、朝の明るい光が差し込んでくる。下の階からはキラキラした男女の話し声が聞こえてくる。

爽やかな朝……と思いながら、私はカーテンをぴったりと閉じ、そのまま眠った。

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