2019.11.30
月刊コマ送り07「実況」
2019年11月22日、夜。
夜行バスに揺られている。
三列独立シートの右側。
西鉄天神高速バスターミナルを22時10分、予定通りに出発した。
22:10
バスが走り出した。運転手さんの後ろの後ろ、窓側の席。
降車駅を間違えて予約していたので駄目元で乗務員さんに相談することに。柔軟な対応に感謝しつつ自分の席に座る。
明日の朝、目的地に着く。泊まるか日帰りかもまだ決めてないし、帰りの便も予約していない。ひまなので今から旅程を考える。
22:31
博多バスターミナル。
前の席に品の良さそうな年配の女性。「座席、すこし倒してもいいかしら?」と声をかけられる。薄手のマットのようなものを持参して座席をカスタマイズしている。
そういえば何も食べていなかったことを思い出す。コンビニで買ったおにぎりを食べる。すぐに眠気に襲われる。
頭が飛行機の離陸のときみたいな感じになる。たぶん高速に乗ったのかもしれない。まぶたは勝手に閉じようとするが、脳みそは何かを考えようとしている。これが勝手に文字起こしされればいいのにと思う。
23:40
バスが停まる瞬間に目が覚めた。小倉だ。
23:47
気づいたらまた寝ていたらしい。いつのまにかバスが出発している。ここではじめて社内アナウンスを聞く。静かで淡々とした声。そして再び眠くなる。
1:59
喉が渇いて目が覚めた。バスは停まっているようだ。乗務員さんの休憩時間かなと思いながら水分補給。Google Mapを見ると岩国市だった。
そういえば結局ずっと寝ていて旅程を考えていない。
5:04
次に目が覚めたのは倉敷市のSAだった。
乗客も何人か降りていく。私も降りようと思ったが、寝起きでぼんやりしているうちに休憩時間が終わってしまった。
乗務員さんが人数を確認している。「おそろいのようですので、消灯いたしまして、発車します」
なんとなく頭がはっきりしてきたので、このまま起きておこうかなと思う。Google Mapで現在地を追う。旅程を考えるのは諦めた。
5:22
本州脱出
5:33
人生初、四国上陸
6:07
JR丸亀駅に到着。はじめての四国。香川県。まだ暗い。
福岡行きの高速バスのりばに列ができていた。電車はもう動いている。改札手前のベンチに座っている人は、みんな揃えたように無表情だった。
駅周辺に、この時間から営業している店がないことを知る。焦る。とりあえず観光案内のパンフレットをいくつか手にとって改札に入る。
6:23
なによりもまずは視力、ということで駅のトイレでコンタクトレンズを装着。視界がはっきりする。目に映るものが鮮明になる。そろそろ眼鏡の新調も検討しなくちゃいけない。
6:33
電車に乗ってみることにする。各駅停車琴平行き。
一両編成の、自分で開閉ボタンを押して扉を開けるタイプの電車だった。内心ドキドキするも、地元のおじさんが運転手さんに「おう!おつかれ!」と声をかけ手慣れた感じで扉を開けて降りていく。そっと一緒に降りた。
6:39
ゆっくり座ってコーヒーを飲みたいが、驚くほど店がない。
9時半まではどこかで時間を潰さなくてはいけないが、ざっと調べたところ、どこもそのくらいの時間からしか動き出さないようだ。
と、そのとき、朝6時から営業しているうどん屋さんを見つけた。
6:52
釜揚げうどん(小)と穴子天を朝ごはんにする。
香川で朝うどん。贅沢。
一番ちいさなサイズを頼んだはずなのに、想像以上のボリュームで食べきれるか不安になる。ゆっくり時間をかけて完食。満腹。ごちそうさまでした。
7:28
うどん屋さんを後にし、みんなの味方、コンビニエンスストアへ駆け込む。
イートインスペースでコーヒーを飲む。おもむろに駅でもらった観光案内のパンフレットを広げる。
トイレに列ができていた。並んでいるお姉さんは3秒に1回くらいの頻度で時計を確認している。作業服を着た訛りの強いおじさんが楽しそうに若手に話しかけている。話しかけられているお兄さんは食べものを選ぶ手をとめて、にこにこと相槌をうつ。野球少年たちが入ってくる。店内の平均年齢が一気にさがり、人口密度が急激にあがった。
8:10
コンビニの客が私ひとりになった。
観光案内も一通り見終わった。骨付鳥と和三盆が食べたい。
8:42
気がつくと空も明るくなっていたので、お散歩に出かける。
さぬき浜街道を歩く。
あまりにも、あまりにも何もないので草花を愛でることにした。遠くから踏切の音が聞こえる。右手に海が見える。
朝の公園でバスケの練習をしている親子がいた。小学生くらいの男の子。指導の声が具体的かつ鋭い、コーチかもしれない。
9:26
もうすぐ9時半だ。急ごう。
9:33
本日最大にして唯一の目的地、中津万象園。
evalaさんと鈴木昭男さんによるサウンドアートの展覧会、「聴象発景」が開催されている。
火曜日に偶然この記事を読んで、とりあえず夜行バスを予約してみた。だって展示期間が日曜日までって書いてあったから。
→ふたりのサウンドアーティストが作り出した、耳で“視る”「聴象発景」という世界──evala×鈴木昭男対談
中津万象園は京極家2代目藩主によって丸亀藩の中津別館として作庭されたらしく、この京極家は琵琶湖を一望する近江近郊を領地としていた。近江八景の近江。そしてこの近江八景は、中国の瀟湘八景が参照されているそうだ。しょうしょうはっけい。で、ちょうしょうはっけい。
10:03
まずは絵画館から見ることに。30分間ずっと1人だった。展示作品のルンバが動くのはお昼過ぎとのことだったので、おとなしく庭園へ。
10:05
すぐ裏にあるグラウンドから野球少年たちの声が聞こえる。庭園に響くevalaさんのサウンドと風の音、そして様々な鳥の声、ひときわ音痴なカラスが一羽。
鈴木さんによる《点音(おとだて)》は、庭園の各所に展開されているらしい。このマークの上に立ち、耳を澄ます。
10:14
邀月橋。ようげつばし。
橋の真ん中に立って音を聴く。
この橋、30メートルあるらしい。庭園が一望できる。橋の上で5分くらいぼーっとしていた。まだ誰にも遭遇していない。貸し切りみたいだ。
10:17
橋を渡り終え、大きな岩の横に《点音》を見つける。岩に耳をくっつける。すぐ近くでキジバトっぽい鳴き声が聞こえて集中できず。
10:23
伏見稲荷分社の鳥居。思わず全部くぐったんだけど、よかったんだろうか。後ろから人の声がする。
10:39
念願の、大きな松の木。大傘松。iPhoneSEでは収まりきれぬ大きさ。思わず足元を覗き込む。なんでも直径15メートルとのこと。邀月橋の半分もある。
大傘松を覗き込んでいたら、その奥、母屋(お茶室)から着物姿の女性が外を眺めているのに気がついた。心臓がすこしだけヒュッてなった。そういえばお抹茶をいただけると書いてあった気がする。行ってみることに。
10:45
今回の展示とコラボした和三盆とお抹茶をいただく。和三盆が香川の特産だと初めて知った。讃岐三白という言葉を教えてもらう。
お話しをする中で「今日こちらに来られたのは3人目」と言われる。誰にも会わなかったのに。誰だ。どこにいたんだ。
福岡からバスで来たと伝えると、数年前に車で福岡に行ったことがあるとのこと。「どちらにいらっしゃったんですか」「今はもうなくなっちゃったんだけどね、スペースワールドっていうところと、嬉野温泉に行ったんです」
10:59
お茶室を後にする。すぐそばに観潮楼という、現存日本最古の煎茶室にむかう。土日祝のみ観覧できる、8.1チャンネルのサウンドインスタレーション。いまのところ断トツで好きな場所。何時間いても飽きない気がする。説明をそのまま抜き出すと「フィールドレコーディングによる庭園各所や瀬戸内の海の音を体感することができる」
11:06
石投げ地蔵尊に立ち寄る。白い石に祈願事項を書いて投げ入れるらしい。迷わず「神明加護」と書いて投げる。
11:10
橋を渡って島を歩く。晴嵐の筆海亭で休憩。この庭園で一番高い場所だと思う。
このあたりから、一気に人が増えてきた。団体さんが多い気がする。あと、暑い。そろそろ庭園を一周するけど、まだどうしてもしたいことがある。
11:23
睡蓮橋(睡蓮の渡り)、ちいさな少年を差し置いて渡る。川の真ん中で立ち止まる。邀月橋を横から見る。
11:44
絵画館でしばし休憩。離脱。
11:49
JR丸亀駅に戻ることにする。おなかすいた。駅まで徒歩30分くらいだったので歩こうと思う。
ウォーキングのイベントが開催されているらしい。目の前を仲の良さそうな老夫婦が歩いている。歩く度に鈴の音がする。引き続きサウンドアートを楽しむ気持ちで歩き出す。
12:01
あまりにも暑い。コートを脱ぐ。
少し前を歩いているおふたりの鈴の音が止まった。何事かと思って見ると、お寺さんの門の前で帽子を脱いで深々とお辞儀をしていた。とても良い。そして鈴のおふたり、足が速い。縮まることのない距離に切なさを感じる。
12:13
頭上のヘリコプターを目で追っていたら車に轢かれかける。
12:21
鈴のおふたりに追いつくも、道たがえる。
12:28
川を覗き込むとカメがひなたぼっこをしていた。陸に3匹、水面に6匹。
12:35
ようやく丸亀駅に到着。骨付き鳥が有名らしいので食べたい。
12:53
駅の近くにおいしいお店があるということで行ってみた。有名なお店らしい。おとなしく並んだ。おひとりさまが受け入れられるお店であることを願う。イスに座って待っていると、お隣に50代くらいのご夫婦が座る。こっそり妻の手を握ろうとする夫。「外でなにしてるの、やめなさい」とたしなめる妻。なんだそれ、なんだそれ、
13:03
「喫煙席でも大丈夫です」と言った結果、ちょうど空いた4人掛け席に案内される。ただひたすら恐縮している。恐縮はするが遠慮なく注文する。「おやどり」と「ひなどり」で迷うも、「おやどり」を選択。
14:00
満腹、満足。お客さんが全く途切れない。
14:14
丸亀駅前の猪熊弦一郎現代美術館にむかうも、改装工事中。現実を受け止められずさまよう。ミュージアムショップとワークショップブースのみ駅前ロータリーの反対側で営業中とのこと。せっかくなので行ってみる。
14:29
ミュージアムショップでスタッフさんと丸亀城の話をする。時間があるので天守閣にのぼろうと思う。
14:57
商店街を抜けて、丸亀城を目指して歩いている。暑い。すごく高いところに天守閣が見える。
15:02
資料館にたどり着く。あまりにも暑いので資料館の中ですこし休む。
先ほどの鈴のおふたりが参加していたウォーキング、ここがゴール地点だったようだ。
ところで天守閣に行く道はどこ。ウォーキングを終えて休憩中のご夫婦に、天守閣への行き方を聞く。
15:19
軽い気持ちで見返り坂に足を踏み入れる。
15:27
「あまりにも急なため後ろを振り返ってしまうことから、見返り坂と呼ばれるようになった」そうだが、あまりにも急なので見返る暇がない。しっかり大地を踏みしめ、目を見開き、ただ前を睨みつけながら進んだ。
15:30
いざ、天守閣。
15:37
もちろん天守閣のてっぺんまで。行けるところまで行く。
昔の建物の階段って、なんでこんなにえげつない急勾配なのに踏み板も異常に狭いんだろう。これはもう、ちょっと刺激の強いすべり台では。
15:43
本丸で風景を楽しむ人を眺める。くしゃみが止まらなくなる。
15:47
讃岐富士(たぶん)を見て興奮している。
山らしい山。日本昔ばなしに出演されていた過去があるのでは。
15:57
意を決して見返り坂をくだる。
16:19
大手一の門の櫓でBIG BAND JAZZ LIVEがあるらしい。
準備中の会場内を覗いてみたら、想像以上に広いスペースだった。リハの音が外までしっかり聞こえている。
白くてふわふわの犬がまっすぐにこちらにむかってくる。有無を言わせぬ迫力。飼い主のおじさんが困っている。全力で撫でくりまわす。最後に頭をぽんぽんしたら満足そうに立ち去っていった。
16:23
JAZZ LIVEも聞きたかったが、どっと疲れが襲ってきたので福岡に帰ろうと思う。
16:41
JR丸亀駅へ戻ってきた。
特急で岡山に行って新幹線に乗り換えればいいらしい。帰ろう、帰ろう。お家に帰ろう。
17:07
さよなら丸亀。さよなら香川。
19:33
福岡着。スゴロクに寄って帰ります。