最寄りの気になる「ヒト」とか「場」とか。
雑多にまとめる語り場

2019.10.30

月刊コマ送り06「揺れる部屋」

築24年の木造アパートに住んでいる。

ついこの間、遠くに中洲ジャズの賑わいを聴きながら引っ越しをした気がするが、あっという間にもう4年目になっていた。

正社員になることが決まった夏、賃貸物件検索のアプリで部屋を探して、見るからにサクラだなという感じの物件に内覧を申し込んだ。ひとり暮らし用のワンルームとはいえ、駅徒歩1分でオートロックまでついているのに家賃が異常に安い。事故物件だろうなと思って不動産屋に足を運んだら、紛うことなき事故物件だった。

ビルの2階にある不動産屋で、担当者と顔を突き合わせて座る。申し込んだ物件と似た条件の部屋をあれやこれやと紹介してくれるが、なかなか目的の部屋の情報を出さない。とはいえ担当者もこちらの希望を汲んでくれているので「あー、いいですねー」「ここもよさそうですねー」と話しているうちに、担当者がついに腹を決めたように「あの物件についてですが…」と切り出した。

ところで私は幽霊が苦手だ。お化け屋敷はここ15年くらいちゃんと出口から出たことがないし(できるだけ入らないようにしているし)、学生時代に流行ったテレビ番組の心霊特集にはいちいち怯え、日本のホラー映画に至ってはうっかり観てしまった予告映像がいつまでも脳内上映されて文字通り布団をかぶって震える。だが、海外のホラー映画は(怖いけど)楽しめるし、なんなら妖怪は好きだ。ようするに、実体のないものに恐怖を感じることそのものが「もういろいろ無理」なんだと思う。たぶん実体のないものの存在をどこかで無意識のうちに信じている。あと、妖怪は水木しげる先生によって実体化されたと認識している。

しかし、事故物件で怖いのは幽霊ではない、と聞いたことがある。これはその「事故」に被害者以外の存在がある場合で「犯人は現場に戻る」心理らしい。いくら幽霊が苦手な私でも、残念ながら現実を生きている以上は優先すべきことがあった。通勤時間と家賃だ。私がここで確認すべきなのは「他殺か否か」と「本当にその家賃でいいのか」の2点だった。

その後、実際に物件をいくつか見てまわることになった。例の部屋に関しては、現場に戻る犯人はいないようだった。「あの部屋は最後にしましょう、僕は行きたくないですけど」と担当者が繰り返し呟く声を聞き流しながら、会社から離れた物件から見ていくことに。

最初は1階に洋菓子屋さんがあるマンション。これぞワンルームという感じの部屋。見晴らしは良かった。次にこれまたマンション。もう記憶がない。それから、アパート。ちょうど専門学校が近いこともあり、そのあたりはマンションやアパートが密集していた。採光は南だが、窓を開けるとすぐむかいに別のマンションのベランダがある。そして最後に、例の部屋。

いよいよきたか、とマンションを見上げる。夕陽が眩しいのか、担当者が隣で顔をしかめている。さあ、いざ!と思ったとき、担当者の電話が鳴った。

怪訝な顔で少し離れた場所に移動しながら電話に出ていた担当者が「えっ」と変な声をだしてこちらを見る。何も悪いことをした心当たりはないが少し焦っていると、担当者が電話を切って近づいてきた。

「すみません、この物件が、オーナー様の意向で募集停止になったみたいです……」

かくして私は事故物件に一歩も踏み入れることのないまま、駅徒歩5分の木造アパートへの入居を決めた。引っ越した当時は何もなかったものの、どんどん古い家が取り壊され、すぐ近くにスーパーができ、お洒落なカフェやパン屋もオープンし、さらにまた新しくカフェができようとしている。新しいマンションも建設中だ。そのあたりにどんな建物があったのか、もう思い出せない。

このアパート、実は床から少し釘みたいなものが出ている。よく通る場所なので、よく踏む。痛い。スリッパを導入しているが、もともと家でスリッパを履く習慣がなかったので気を抜くと忘れてしまう。刺さる。痛い。ほんのちょっとなので、血は出ない。

そして、よく揺れる。ちょっと風が強い日は「震度2くらいの揺れだな」と思いながらそのまま揺られているが、先日、特に風の音もしないのにちょくちょく揺れを感じる日があった。

地震かな?と思ったが、ラジオからもそんな話は聞こえてこないし、Twitterにも揺れを感じている人はいない。私は三半規管が弱いらしいので、ついに揺れていなくても揺れを感じるようになったか、と思っていたが、どうやら新しいマンションの建設現場から聞こえる音と連動しているということに気づいた。ドォン!と聞こえる度にアパートが震えている。部屋どころじゃない、このアパートが事故物件になる日も近い。

次の更新まで1年をきった。このアパートが崩れ落ちる前に、もう少し安全なところに避難したいと思う。

Author:こまき

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